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2008.7.12開設。 ショートショートを中心として、たそがれイリーが創作した文芸作品をご覧いただけるサイトです。 できれば毎日作品を掲載したいと思ってます。これからも創作意欲を刺激しながら書き綴って参ります。今後ともぜひご愛顧ください。

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     営業二課に配属されて以来、その日が来ることは覚悟していた。
     しかし、あっけなく、よりによって明日から彼女と2泊3日の旅行を予定していた、初夏の夜に訪れるとは。

    「資料作って、今日中に」
     
     営業二課には『参与』がいる。
     それも、幽霊だ。
     確か、織田とか言ったその参与、取引先にだまされ、不渡手形をつかまされた挙げ句、その責任を取って、この部屋で首をつった。
     その後、彼は幽霊となってこの部屋に現れるのだ。

    「資料作って、今日中に」

     柳葉は幽霊を無視した。
     そんなことにかまってる場合じゃない、眼前の仕事を片付けないと、彼女との旅行が台無しだ。

    「資料作って」

     ええい、うるさい。
     柳葉は飲み干した缶コーヒーを声のする方向に投げつけた。
     カラーンと、乾いたような音が部屋の片隅で余韻を残して、やがて消える。
     さてさて・・・これで仕事ができる・・・
     案の定、織田はそれ以降、柳葉の目の前に現れることはなかった。

    「柳葉くん、徹夜したのか」
     柳葉が書類の山の上で目を覚ましたのは、出社した課長に肩を叩かれたときだった。
    「今日から休みだろう。カナダだったか・・・とにかく、帰って支度して、相手を困らせないようにな」
     資料をチェックしながら、課長は柳葉に頰笑みかけ、最後にご苦労だったなと、もう一度柳葉の肩を叩いた。

     柳葉がそそくさと荷物をまとめ、退社しようとしたとき、課長が呼び止めた。
    「参与が・・・出てこなかったか」
     柳葉は昨晩の出来事を話した。
     話し終えた直後、課長を見ると、顔色が変わっていた。

     課長は言いにくそうな表情をすると、柳葉と目を合わせないようにしながらつぶやいた。
    「『死霊憑くって』って・・・言ってなかったか・・・」

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     閻魔大王は目の前の男を凝視した。
    「大王様、ヤツはセイジカです」
    「セイジカ? 人間界で悪名高い、あの”政治家”か」
    「左様にございます。この男は、日本という国で総理大臣という、政治家のトップにいたのですが、あらゆる嘘をついて保身を図った結果、暗殺されてしまったのです」
    「ほう・・・そりゃあ、地獄行き決定だわな」

     政治家は懇願した。
     既に報いを受けているではないか、地獄行きはご容赦を、と。
     土下座を続ける政治家に、閻魔大王は言い放った。

    「だが、罪は罪だ。舌を抜いて、地獄に貶めてやろう」

     ご勘弁を!
     政治家の悲痛な叫び声がこだまする。
     子分に抱えられ、身動きの取れない政治家の口に手を突っ込んだ閻魔大王は、もう片方の手で政治家の舌を引っこ抜いた。
    「もうこれで言い訳はできまい」
     閻魔大王は、引っこ抜いた舌を眺めながら、政治家を見下した。



     地獄行きだけは、ご勘弁を!
     これ以上、苦しい思いはしたくありません!



     目の前の政治家は、閻魔大王に聞こえるように、先ほどよりさらに悲痛な表情で懇願した。
     閻魔大王は何が起こったのかわからなかった。舌を抜いたはずなのに、と自問自答していた。

    「大王様、政治家という生きものは、二枚舌なのですよ」
     子分が閻魔大王の耳元で、そっとささやいた。

    「クローン人間を作りたいとおっしゃる方は多いですよ・・・ええ、あなた様のように、財を成された企業の社長さんとか・・・もちろん、法的にグレーな部分はありますが、当研究所では法律専門家をそろえておりますので、問題はありません」
     
     博士は社長の心を見透かしたように、ありきたりな概要書を見せ、問題はありませんから、と念を押した。
     
     社長は傍らの若い女・・・多分妾だろう・・・女に二言三言耳打ちすると、アタッシュケースから札束を3束ほど取り出し、博士の眼前にこれ見よがしに積み上げ、”手付け金は奮発しておこう”とほくそ笑んだ。

    「わかりました。それでは遠慮無く」

     助手とおぼしき男に札束を持たせ、奥に引き下がらせた博士。
     さっそく手順を、とせがむ社長に、博士は説明を始めた。

    「要するに、一番再生力のあって、且つ採取しやすい部分の細胞を頂戴すれば、約3ヶ月でクローン人間が誕生します。今日これから細胞を採取させていただければ、すぐに取りかかれます。ええ、もちろん手術や入院などは一切ありません」

     それはすごいな。早速やってもらおうか。
     先ほどより威勢を張った声で、社長は博士に凄んだ。

    「わかりました、それでは頭皮と毛根の細胞を頂戴します。この2つがセットになって、初めてクローン人間が培養できますので」

     社長の表情は硬直した。
     そして、齢60手前になって、完全に荒れ地となった頭頂部を数回撫でながら、こみ上げてくる哀しみの感情を隠しきれなくなった。

    「もしもし、総務課の田辺をお願いしたいのですが」
    「少々お待ちくださいませ」

     …
     ……
     ………

    「お待たせしました。田辺はあいにく忌引休暇を取っております」
    「そうですか。誰のでしょうか?」
    「父方の祖父の告別式とのことですが・・・お急ぎのようでしたら、当方から連絡を取ってみます。お名前をお聞かせいただけますか」

    「名前は結構です。田辺の父方の祖父から電話があったとお伝えください」

     いつもより30分ほど遅くなって、妻は帰宅した。
     今日は外食に出かけるはずだったのにと、僕は少々怒っていた。
     そんな僕の様子を知ってか知らずか、妻は妙なことを言い出した。

    「最近の車ってすごいわね。エアバッグでしょ、ABSでしょ・・・安全性が格段に高まっているのね」

     何をいきなり言い出すんだ。
     僕は妻の冗談を戒めると、早く外食に出かけようと催促した。
     すると、妻は妙にしおらしくなって、僕に言うのだ。

    「そこで事故しちゃったのよ。出かけようにも車が動かないのよ

     お願いです。
     我らは道が無くて困っています。
     どうか、目の前に道を作ってやってください。

    「お安い御用だ」

     おお!
     道ができる!
     道ができていくぞ!

    「これで満足したか」

     ええ。
     満足しました!
     今度の選挙でもがんばりますので、これからもよろしくお願いします、先生!

     最近の世の中はひどいものだ。
     政治家が政治家たる資質を持たないから、この国はだめになるんだ。
     
     アニメ好きだとか。
     漫画好きだとか。
     庶民派だとか。
     飲むのはホテルの高級バーだけとか。
     
     一体どうなってるんだい、今時の政治家は。
     ・・・おい。
     ・・・おいってば。
     ・・・聞いてるのか、あんた?

    「あ、そう」

    「スパイ13号。お前を日本に送り込んだ成果を聞かせてもらおう」
    「日本から子どもを連れ帰ってきました」
    「子どもか・・・それはいい。外交カードに使える可能性があるな。で、その子どもはどこにいるんだ」

    「少しお時間をください。4ヶ月ほどすれば生まれて来ますので」

     兵士たちは口々に言った。
    「皇帝閣下はなんと慈悲深い人だ。前線で命を掛けて戦っている、俺たちのためにいつもお越しくださる」
    「そうだな。あれだけの人のためなら、俺は死んでもいいと思う」

     そのころ、皇帝はいつものように前線にいた。
     皇帝の身を案じ、従者はそれ以上進まぬようにと、皇帝に訴えた。

    「何を言うか。前線がどんどん城に近づいているではないか。心配でいてもたってもいられぬよ」

    「あなた、その右手につけている機械が何か、もちろんわかるわよね」
    「・・・嘘発見器だろ。まったく、疑り深い」
    「あなたが浮気してるって話を聞いたから、借りてきたのよ。本当のことを言ってもらいますから」
    「・・・どうぞお好きに」
    「じゃあ1つだけ聞くわ。『あなたは浮気をしていますね』」
    「No!」
    「・・・針が振れてるわよ。やっぱり浮気してるんじゃないの!」
    「こ、こんな機械で真実なんか、わかるわけないだろう!」
    「ああ! 針の振れ具合がどんどんあがっていくわ! なんてことでしょう!」
    「だから、こんな機械で・・・」
    「わかるわよ! ああやっぱり、あなたは軽薄な人間だったのね・・・」
    「そ、そういうお前も、俺のいない間に、あの男と寝たんだろう! 俺は知ってるんだ!」
    「何を苦し紛れに言ってるのかしら。気でもふれたの?」
    「・・・そうか。じゃあ俺の話の前に、お前の額から流れだした脂汗の原因を説明してもらおうか」

    「最近、うちの猫が姿を消してしまってね」
    「おや奇遇だね。我が家のジェフリーもいなくなってしまったんだよ」
    「犬も猫もですか。我が家はハムスターがいなくなってしまいました」
    「あら、うちは家の中のねずみが居なくなってしまったんですのよ。衛生上はよろしいのですけど、気味が悪いわ」
    「それはきっと、天災の前触れかも知れませんなぁ」
    「町内会長さん、そんな洒落にならない冗談を」
    「いやいや、新潟の地震の時も、北海道の地震の時も、発生の前にあらゆる小動物が姿を消しましてね・・・あながち、冗談だとも言い切れないですよ」
    「ついに関東大震災がくるのかしら・・・」
    「帰って備えを万全にしておかないといけないな」

     そのころ、日本国内のあらゆる海岸で、小動物が泳ぐ姿が目撃されていた。
     『日本が危ない』と泣き叫びながら荒波に身を任せる犬や猫たちの言葉は、人間たちに届かなかった。

    『住居完備・食事無料サービス・インターネット使い放題・CS放送無料視聴』

     このご時世で珍しい、正社員の求人。
     勤務地が不特定・・・つまり、転勤があるのであろう。
     でも、こんなに特典ばかりを並び立てている求人は、果たして真実なんだろうか?
     ネットカフェ難民だった自分を変えたい一心だった僕は、早速無料求人誌を片手に、その会社を訪れた。

    「いやね、ほんまは、広告には書いてへん特典が、いっぱいあるんですわ」
     関西弁の訛が抜けきらない担当マンが、笑いながら言う。
     じゃあ、他に何があるんですか。と唐突に聞けば、担当マンの饒舌が始まる。
    「冷暖房完備・・・6LDK住居、それにサウナ完備。ダイエット用のマシーンもありますし、最新ゲーム機や大型液晶テレビとかの、いわゆるデジタル家電ですな、それもすべておますねん」
     ですから、即決でっせ。これだけついていて・・・実は、在宅勤務ですねん。
     よぉするに、これだけの環境がついていて、給料・・・と言うか、収入はがっぽりもらえます。どうでっしゃろ?

     ここまで言われたら、僕は迷うことがなかった。
     持参した三文判を机の上に取り出し、さっそく雇用契約書にサインし、押印する。
     前金として100万円を現金で受け取った僕は、ほくそえむ担当マンに尋ねる。
    「で、在宅勤務って、パソコンでなにをやるんです?」
    「それについては、実際に勤務地でお話しましょ。これ、勤務地までの地図です」

     翌日の朝。
     僕は指定された時間に、地図を片手に勤務地へ出向く。
     昨日の担当マンが、昨日より満面の笑みを浮かべて、僕に鍵を手渡す。
    「まあどうぞ、これが勤務地ですわ。近未来感覚の、ブロックライクな住居ですねん」
    「へぇ・・・なんだか、面白い形ですねぇ・・・」
    「中はもっとすごいんですわ。まあ、どうぞお入りになってください」
     
     ガチャリ。
     真新しい玄関の鍵を開け、僕は新築の香りがする家の中に入る。
     ガチャリ。
     背後で、玄関が再び閉まり、担当マンが『忘れ物しましたよって、すぐ戻ります』と聞こえる。
     まあいいや・・・これでネットカフェとも、おさらばだ・・・

    「そういうことだったんですか。私の時も、まったく同じです・・・」
     女はソファーに腰掛けながら、スカートの丈を気にしながら、腰掛ける。
    「おいおい君、そんな格好だと、見られてしまうよ」
    「あ・・・」
    「まあいいか。君と僕、つまり男と女を同居させると言うことは・・・生殖風景も貴重な鑑賞のネタになるんだろうね」
    「・・・」

     動物園の『ニンゲン』として鑑賞される生活を送り続けて、早4年。
     外界のニンゲンとやらは、だんだん刺激が足りなくなってきたようだ。
     そんなことを考えて途方にくれる僕と女を、小さな子連れの家族一行が、指差して叫んでいた。
    「ママ、パパ! ニンゲンって、ナマケモノよりも、怠けてるんだね!」

     男は懇願した。
     もうこんな世の中じゃ暮らしていけないんです。
     家でも、職場でも、どこでも。
     自分にアレコレ言われて、もう限界です。

     そういう男の耳元には、なぞの大きなふくらみが。
    「そうですか、ついに”耳にタコが出来た”わけですか。いいでしょう、早速除去しましょう」
     医師の一言に男はさらに懇願する。
    「いえ、この状況だと、また同じようにタコが出来てしまいます。対処療法じゃなくて、根本的に何とかしてください。お願いします」

     男の懇願に困惑した医師。
     しかし数分すると、オペの準備を整えるよう、看護士に指示した。
    「いいでしょう。私に妙案がありますので」

     それから10時間後。
     男が麻酔からめざめると、目の前には医師がいた。
    「どうです、タコは除去しましたし、根本的な解決にはなりましたよ。手術はもちろん成功です」
     鼻高々に自分の成果を強調する医師に、男は申し訳なさそうに言うのだった。

    「先生のお考えはありがたいんですが、果たして耳を付け替えたからって”馬の耳に念仏”のようにうまくいくんでしょうか、私は」

    「あれから新システムの調子はどうかね。少しは我が社の生産効率は向上したかね」
     新工場を訪れ、こう尋ねた社長に、工場長は胸を張って答えた。
    「もちろんです。我が社のシステムは完璧です・・・我が社が独自に開発した・・・」
    「口上はいいから、早速現場を見せてもらおうか」

     工場長は作業場が見渡せる2階の渡り廊下に社長を案内した。

    「助けてくれえ・・・」
    「サギョウコウリツ、テイカ。デンリュウヲナガシマス」
    「もう休みたい・・・」
    「サギョウコウリツ、テイカ。デンリュウヲナガシマス」
    「このままじゃあ・・・殺される!」
    「サギョウコウリツ、テイカ。デンリュウヲツヨメマス」

     社長は息を飲んだ。
     工場長は胸を張って現状を説明する。
    「こうすれば人間、怠けることはありません・・・まさに、会社のために最高の、凄惨管理システムです」

     コーラを飲みたいといったら、オカンに叱責された。
    「これは大人の飲み物や、大人になるまで飲んだらあかん」
     
     大人の飲み物だって?
     大人には、酒だってビールだってある。
     それに、タバコだってある。
     どうして大人ばかり、物を与えられるんだ。
     そんなに大人って、偉いのか!

    「で、どうです。そのコーラの味は」

     さぁな。
     ここに来てから、好きなだけ飲ませてもらえるからな、こいつを。
     ありがたみなんてのは、ちっとも感じねぇよ。

    「そろそろ時間のようです」

     お前に言われなくても、わかってるよ。
     俺たちは大人だからな。

     兵隊は、言われた任務をこなして、一人でもたくさん殺して繰ればいいんだろう、敵を。
     
     

    「看板見てきました。癒しの空間だそうですね」
    「まあ・・・癒しというか、楽になるって言うか・・・自然なようで、不自然な」
    「すごく謙虚でらっしゃいますね」
    「看板にウソはつけませんから」
    「で、既に癒しの空間って言うか、癒しの空気を発散させてるんですか・・・それにしても・・・なんか、臭いません?」
    「慣れてますから。それに、案外この臭いがいいって方もいらっしゃいますしね」
    「いや、そうはおっしゃるんですが・・・なんか、頭がぼーっとするって言うか・・・アロマテラピーって、こんなもんなんですかね?」
    「アロマテラピー? うち、そんなものやってませんよ」
    「え? でも、看板に書いてるじゃないですか・・・」

    「ええ。書いてますよ。『パロマテラピー』って」

     男は、女の長い髪に似合う髪飾りを買うことにした。
     しかし、持ち合わせがないので、愛用の懐中時計を質に入れ、女のために髪飾りを買った。
     女は、男の懐中時計に似合う鎖を買うことにした。
     しかし、持ち合わせがないので、自慢の長い髪を切り、売ることで鎖を手に入れた。

     鎖を差し出された男はその思いに喜んだ。
     だけど、懐中時計がないことを素直に伝えた。
    「いいさ、またあの懐中時計を買えばいい」

     髪飾りを差し出された女はその思いに喜んだ。
     だけど、その自慢の髪を切って売ってしまったことを伝えた。
    「大丈夫、髪はまた生えてくるから!」

     男は初めて殺意という言葉の意味を知った。

    「幽霊でも、出るんじゃないだろうね?」
    「ご心配はご無用ですよ。素人の私が言うのもおかしい話ですけど…今までの借り主さん方、腕前は一流でも、経営者としては…」
     三流だったんですよ。
     でも直江さん、あなたなら大丈夫ですよ。
     あなたには、美容師の腕前はもちろん、経営者としても、立派にやって、両立されますよ。
     だって、あの芸能人のセットもされたし、そう言うお店でお勤めされてたんですから…。
     セールスマンお得意の、お世辞を早口でまくし立てながら、男は先ほど私が印をついた契約書を、スーツケースに収める。
     
    「こちらの契約書、直江さんの控えになります…そうそう、早速ご準備されたいでしょうし…私から上には話しておきます。どうぞ、開店準備、なさってください」
     妻が入れた珈琲を一滴残らず飲み干し、男は席を立った。
     ガラスのドアを開け、こちらに会釈して、男は去っていった。
     前の持ち主がつけたものだろう、ドアについている、牛の首についているような鐘が、カランコロンと乾いた音を立てる。
    「褒めてるのか、厭味なのか、わかんない人ね、あの人」
     コーヒーカップを下げながら、鏡越しに妻が言う。
    「そんなこと、どうでもいいじゃないか…」
     散髪用のリグライニングチェアーを拭きながら、私はつぶやいた。

    「…山本さん、山本さん」
     男の声で、僕は我に返る。
     目の前にある、かつて話題だった、落ち目の俳優のポスターと、その横に書かれている「彼の理髪は私が手がけました」と言う、手書きの文字。
     その横には「リキュールさんへ」と書かれた俳優のサイン。それは、少々色あせて、その場に残されていた。
    「どうですか、この物件なら、山本さんにご満足いただけると思うんですが」
     前の経営者が…いなくなっちゃいましてね。まあ、平たく言えば…夜逃げってやつですけど。
     ですから、こんなに散らかっちゃってます。ええ、もちろん、リフォーム後に引き渡しって事で。
     今日決めていただけるなら、リフォーム急がせます。ええ、新春…成人式…その頃のお客さんを当て込める頃には、開店できるようにいたしますので。
     仮の契約書を僕に差し出しながら、男は口元に笑みを浮かべた。
    「さっきから、無口になられて…ご心配でも、おありですか」
    「いや、そうじゃないんだ…たいしたことじゃ、無いんだ…」

     前の経営者の残していった、商売道具たちを眺めながら、僕は男から目をそらした。
     ジッポを開く音がして、シュボっと音が続き、男は煙草に火をつけた。オイルライター独特の香りが僕に近づく。
     僕は、男の勧めるままに、自らも煙草を取り出し、男から火を貰う。

    「パパ、ドーナツ下さいなぁ」 0
     この前の日曜日に2歳になった、息子が私に寄りかかってくる。
     ああ、いいよ。私は読みかけの新聞を放置し、準備をはじめる。
    「はい、お道具」
     最近、息子はドーナツを作る道具を覚えたようで、きっちりと私に道具を手渡す。
     台所の傍らでは、身重の妻がいぶかしげな顔をして”こっちに来るな”と目で釘を刺す。
    「パパ、ドーナツ」
     息子の催促に、私はいつものように手際良く、ドーナツを作り上げる。
    「パパぁ、パパのドーナツは、いくらするのぉ」
     目の前に作り上げられるドーナツを見て、息子は尋ねる。
     私は笑顔で答えた。

    「今は、1箱300円だね。どうせ、大人の都合で、1箱500円ぐらいになるんだよ」
     マイルドセブンの空箱をごみ箱に投げ入れながら、私はさらに作り笑いをした。

    「山田選手、メジャー挑戦を途中で断念され、緊急帰国とのことですが」

     ええ。
     みなさまには期待を持って送り出していただきました。
     その期待にお答えできないことを、お詫び申し上げます。

    「持病の肘痛など、いろいろ不安を抱えての渡米でありましたが」

     それは事実です。
     ですが、今回の決断に至った本当の理由ではありません。

    「核心を突く質問になりますが、メジャー挑戦1週間で断念、そして緊急帰国に至った、本当の理由をお聞かせ願えませんか」

     ドルが安くなったからです。
     今のうちに契約金を円に替えて、一儲けしたかったんですよ。

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    HN:
    たそがれイリー
    年齢:
    50
    性別:
    男性
    誕生日:
    1975/07/16
    ▼ 最新TB
    ▼ 最新CM
    [04/29 hikaku]
    [03/13 ごま]
    [10/16 melodies]
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    [09/16 よう子]
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