忍者ブログ

2008.7.12開設。 ショートショートを中心として、たそがれイリーが創作した文芸作品をご覧いただけるサイトです。 できれば毎日作品を掲載したいと思ってます。これからも創作意欲を刺激しながら書き綴って参ります。今後ともぜひご愛顧ください。

2026 . 02||
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • ×

    [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

     ブログ移行後初書評です。
     今後もこんな感じでたまには書評を書いてみたいと思います。

     著者の横山秀夫さんは元新聞記者。
     その経験がきっちりと作品にも活かされていて、地方紙がJAL123便の墜落という「予期せぬ最悪のスクープ」に直面し、全国紙を出し抜こうとする・・・その中で葛藤する男たち・・・組織という檻の中で、スタンドプレイに終始しようとする主人公・悠木は自分の道を突き進もうとする。
     そう言う人間模様がきっちりと描写されていていいんです。人間くさい作品に仕上がってます。
     
     でもあの事故から23年です。
     歴史とともに事故も風化するとは言われますが、決して風化しちゃいけないものもあります。

     それは、安全追求への思い。
     常日頃、そしてこれからも。
     どんな場所でも抱いていかねばならない、不朽のテーマです。

    PR

    「僕は・・・いつもの、コーヒーで」
    「じゃあ、私も」

     3分後。
     作りたてのミックスジュースが2つ。
     男たちはストローでそれを美味そうに吸い尽くす。

    「ああ、美味かった」
    「ああ、そうだな」

     男たちは料金を払うこともなく、店を後にした。
     たった一言「いつもの公費で」とつぶやいて。

    「慰謝料いただきますから」
    「あのね、慰謝料って言っても・・・あなたは僕の隣の席にいるわけで、稟議をまわしても僕からあなたに回って係長にいくわけでしょ、結果的にあなたのほうを振り向くじゃないですか。それを“目がいやらしい”とか言われて、挙句の果てには慰謝料ですか?」
    「あなたは見てないつもりでも、私は見られているって感じてるんです。それもいやらしく!」
    「わかりましたよ、そんなにご立腹なら、慰謝料払いますよ」
    「え? いきなりそんな札束を! って、なんですかこれ、ただの新聞紙の束じゃないですか!」
    「見られたつもりなんだから、慰謝料ももらったつもりになっててください。あなたならできるでしょ?」

    「ちょっと、おたくの菓子パンに金属片が入ってましたわよ!」
    「もうしわけありません・・・では、早速お詫びのお品をお送りしますので、取り急ぎご住所を・・・」

    「ふう。やっぱり主婦はしつこいな。買った以上の賠償じゃないけど、とにかくがめつい」
    「課長、それにしても・・・最近はこういうの、なんだか多くありませんか・・・もう一度、工場全体のチェック、行なった方がいいと思いますが」
    「まあいいじゃないか。金属片の件は、保健所の査察次第だろうな・・・まあ、あいつらのことだ、今日チェックを入れているが、文書指導ぐらいで済ませてくれれば・・・」
    「それなら課長、先ほどお帰りになられましたよ。機械のメンテナンスを確実にするようにと、後日文書訓告されるようにおっしゃってました。だから私は・・・」
    「ああわかった。とりあえず、この話は終わりだ」
    「課長!」
     
    「いいんだよ!あれはバレたとしても、これとそれがバレてなければ、いいんだよ!」

    「患者は?」
    「両足を負傷しています。出血が激しくて、輸血が必要だと思います」
    「で、一緒に担ぎ込まれた、こちらの女性は?」
    「この男性患者の妻です。一緒に搬送されました」
    「それにしても…どうやったら、両足にこんなケガをするんだ…それも、夫婦そろって同じ箇所だ」
    「かじられたそうです」
    「??」
    「息子と娘に、スネをかじられたそうです。もう痛みに耐えられないと」

    「そろそろ、考えた方がいい」
     ブラインドを閉め切った部屋の中、パウエルは見えるはずのない景色を眺めるように、窓際で語った。
    「ジェフ、君のプライドが許さないかもしれない…だが…」
    「少し、黙っていてくれないか」
     パウエルの言葉を遮り、ジェフは机の上に肘をつき、頭を垂れたままで、深々とため息をついた。
    「限界は迫っていることは承知している…だが…この決断は…」
    「君が決めることではない…できることなら、神に決断を委ねたいと思っているんだろう」
     パウエルがそう言いながら、ブラインドの角度を調節し、初春の日差しを室内に招き入れる。
    「私も同感だよ。私がジェフだったら、いいや、すべての国民がジェフ、君の立場になっても…傍らに聖書がなければ、今の状況で正常な指向はできないだろうよ」

     その時、部屋のドアが蹴破られるかのごとく開く。
    「ケリー」
     パウエルが「何のようだ?今更?」と言わんと彼の前に立ちはだかろうとした。
     しかし、ケリーはそんなパウエルに臆することなく、未だに肘をつき頭を垂れたままのジェフの前に立ちはだかる。
     そして、右手をうつむいたジェフに見せつけるように机の上に置いた。
    「何を臆している」
    「何も臆してはいない…」
     その言葉を聞いた、次の瞬間、ケリーの右手は拳とかし、ジェフの顔面を捉えた。
    「ケリー!」
     パウエルがケリーに飛びかかり、二人は揉み合いをはじめる。
     口の中を切ったジェフは、その鮮血を手でぬぐいながら、ようやく顔を起こした。
     揉み合いの中、ケリーはパウエルにドアの手前まで押し返される。
    「ジェフ、お前のプライドよりも何も、お前の立場を考えろ! お前は何を守るべきか、間違っている!」
    「ケリー、少しアルコールが臭うぞ!」
    「いいかジェフ、敵は迫っているんだ…臆することはない…お前が押せないなら、俺が押してやってもいい…」
    「ケリー!」
     ドアを開け、パウエルはケリーを部屋外に押し返した。そしてドアを閉めると、ジェフの方へ振り返った。
     外では、言葉にならない罵声を発するケリーがいたが、次第にその声も小さくなり、やがて消えた。

     静寂が訪れた瞬間。
    「ヤツも悪いヤツではないんだ、しかし、軍人出身という生き物はな…」
    「もういい」
     ケリーを弁護するパウエルの言葉を、ジェフは止めさせた。
    「ケリーの言うとおりだ」
     傍らに置いてある聖書。その聖書にジェフは右手を乗せ、そっと目を閉じた。
     30秒ほどたった頃であろうか、ジェフはパウエルに告げる。
    「ボタンを出してくれ」
    「ジェフ…」
    「いくら私があれこれ考えても、驚異は迫っているのだ…私の選択は、きっと正しい。神もそう言ってくださるはずだ」
     パウエルはジェフに言われるがまま、赤いボタンの付いた小さな箱を差し出し、そっと机の上に置いた。
    「決めたのか」
    「ああ。パウエル、君にも迷惑を掛けると思うが、頼む」
    「…」
     聞き取りにくい言葉をパウエルが発する。ジェフは催促する。
    「何て言った、今」
    「なんだかな、今の俺たち…どっかの国の大統領が、核発射ボタンでも押すような雰囲気だなぁってな」
    「それが、西部流のアメリカンジョークか…おもしろい」
     微笑するパウエルを横目に、ジェフはその小さな箱を手に取り、ためらうことなく、その赤いボタンを押したのだった…

    「ナースセンター…ですけど」
    「ああ、301のジェフです…あの…なんだ…迫ってるんだ」
    「トイレですね。どっちでもいいんですけど…今度からははっきりお願いします、はっきりと!」

     ようやく残業を終え、日が変わることに帰宅すると、珍しく妻が起きていた。
     そして”うちの子が大変なの”と、顔色を変えて私に迫った。

     どういうことなんだと、私は妻を問いただす。
     妻は言うのだ。”死ぬことばかりを考えている””ノートが死の文字でいっぱいなのだ”と。
     動揺する妻を何とかなだめ、私はそのノートを見せるように言った。
     
     妻は娘の部屋に行き、1冊のノートを持ってきた。
     ただの書き取り帳だと思えるが・・・これに死の文字がいっぱいとは。
     娘の身を案じながら、私は恐る恐るそのノートをめくった。

     そこにはひらがなの”です”を懸命に練習している、娘の努力のあとがあった。

    「今回の個人情報、大量流出の原因を教えてください」

     誠に申し訳ありません。
     商品の輸送中、持ち歩いていた顧客リストを紛失しました。

    「輸送中とのことですが、管理に問題は無かったのですか」

     長年、同じ方法で輸送を行ってきました。
     特に事故もなく行えておりましたので、問題は無いと思っています。

    「全世界の市民、約2億人分の個人情報が流出したわけですが」
     
     誠に申し訳ありませんでした。
     取り返しのつかないことをしたこと、この点については深く反省しております。

    「責任論が出ていますが、処分等はご検討でしょうか」

     もちろん責任を取るべきであります。
     我々に期待してくださっている方々には申し訳ないとは思いますが、来年冬の営業については、自粛を検討しています。

    「それでは、子どもたちの夢はどうなってしまいますか?」

     もちろん、サンタクロースでありますから、それは気になります。
     ですけども、今回の事故について、責任の取り方を考え、実践せねばいかんと思っております。

    「人生ゲームみたいな人生だったら、きっとバラ色の人生もあり得るよね」
    「いやいや、貧乏農場行きかもしれないぜ…」
    「でも、子どもが多かったら、みんなからご祝儀もらえるんだよな」
     そんな話をしていたら、いきなり地が割れて…気が付くと、そこはリアルタイムな『人生ゲーム』の世界。
    「おもしろいことを言っていたな、馬鹿な高校生諸君。神のいたずらだ、本当に人生を、人生ゲームで満喫するが良いわ」
     彼たちは喜んだ。
     おもしれえじゃん。俺たちみたいな馬鹿でも、ゲームで勝てば東大に入れるし、金持ちになれんじゃん。
     そんな彼らの姿を見て、神は半分呆れていたが、彼たちの中から順番を決めると、ルーレットを回したのだ。
    「お、10万円拾ったぜ」
    「俺なんか、車もらっちゃったよ」
    「じゃあ俺も…えいっ」
     ルーレットを回す。出た目は6。
     言われるがままに歩き、あるマス目に止まる。
    「できちゃった婚だって? マジかよ?」
     次の瞬間、背中に激痛が走る。
     ギャァー!男の悲鳴がフィールドに聞こえる。
    「人生ゲームじゃからの。子が生まれたら、ピンがたつじゃろ、ピンが」
     男は血まみれになり、今にも息絶え絶えそうな表情で言う。こんな人生だったら、ゲームなんかしねえよ…

     ガバッ。
     男は目を覚ました。悪い夢を見ていたようだ。
     それにしても、なんで高校時代の悪ガキと一緒につるんで…それも人生ゲームなんだ?
     悪い夢を見た後は、なんだか朝日も突き刺さるように感じる。男はカーテンを少々狭めて開くと、麻里を呼んだ。
    「麻里、麻里よぉ」
     トイレかな? それとも、出かけてるのかな?
     同棲中の身とはいえ、やはり彼女が気になる。玄関まで行くと、麻里の靴は丁寧に揃えてあった。
    「麻里ぃ…」
     もう一度呼びかけた瞬間、背後から気配を感じた。麻里だ。
    「なんだ、いたなら返事しろよ…」
    「ねえ、昔の話、覚えてる?」
    「…なんだよ、いきなり」
     振り向こうとする男を、麻里は拒んだ。
     次の瞬間、男の背中に激痛が走る。そして、じわりと温かい液体がほとばしり、足を伝うのを感じた。
    「な…なんの…真似だ…」
    「側にいてくれるよね…私もすぐ行くから…」
    「…ま、麻里ぃ…」
    「お願い…子どもができちゃったからって…別れるなんて言わないで…」

     さきほどから、僕と智子のイライラはピークに達していた。
     今日は、久々に大学時代の友人たちとの別荘貸切同窓会だと言うのに、肝心の別荘に着くどころか山間部の農村で道に迷い、時間には遅れる始末だ。
    「順平?携帯届く?」
    「…無理っぽいな」
    「もう、携帯電話も通じないような村に迷い込むなんて、順平のせいだからね」
    「ごめんごめん」

    二十分ほど舗装とも砂利ともいえぬ道を進んだころ、智子は前方を指差した。
    「ねえ、あれって、家の光?」
    「あれ…ほんとだ」
    「道、尋ねてみたら」
    「そうだな」
    自然とアクセルを踏む足が強くなる。
    そして、二百メートルほど先に見えるうすら明かりを目指して車を走らせた。
    「着いたけど…待っててくれる?」
    「わかったわ。…でも」
    「でも?」
    「恋人をあんまりほっとくと、お化けに連れ去られちゃうかもしれないから、なるべく早く帰ってきてよね」
     正直に怖いと言えよ。
     そう思いつつ、僕は順子を車内に置き去りにし、民家の玄関を捜し求める。
    その家は、いかにも田舎の家、と言った感じの家で、トタン屋根が何とも言えないノスタルジィを醸しだし、玄関の向こうに有るであろう土間の雰囲気がよりいっそうその思いを強くさせた。 
    「ごめんください」
     玄関で幾度か叫んだが、返事はない。ただ、明かりの見える部屋があって、奥からなにやらお経のような、歌のような言葉が聞こえてくる。
     僕はおもいきって玄関を開け、土間に入ると、先ほどよりもっと大きな声で叫んでみる。
    「すみません、電話をお借りしたいのですが」
     今度は、障子の向こうから、はっきりとした歌が聞こえてくる。いかにも、里に伝わる子守唄か蹴鞠歌と言った感じの歌だ。

    …会えぬ思いを胸に秘め
    …この盆にあなたを思わん
    …思う心はやがて伝わり
    …いつしかあなたは舞い戻らん
    …夏の盆恋歌と共に
    …いつしかあなたは舞い戻らん
    …私の思いが伝わると共に
    次の瞬間、僕は今まで見たこともないような光景に出くわすことになった。
     土間と部屋を仕切る障子が開くと、中学生ぐらいの女の子がちょこんと顔を出す。
     その女の子の奥…昔ながらの大きな作りのコタツの上で、小さいけれど何とも言えない光を発する石があり、その石が僕の目の前で一人の男に変化した。
    「あ…お取り込み中…でしたか」
     僕が唖然としているのを見て、女の子はつぶやいた。
    「お兄さん、見ちゃったのね」
    「…」
     僕の姿に気がついたのか、奥から女の子の母親と祖母と思われる人間が現れる。
     祖母は、僕に向かって険しい表情でぼそぼそとつぶやく。
    「あんた、さっきのことをみんさったね」
    「い、いや…不可抗力なんですけど」
    「これを見たからには、生かしちゃおけんのだ。村の掟だべ」
     そんな光景に、母親が助け船を出す。
    「おばあちゃん、この人だって見たくて見たんじゃないんだし…」
    「それはそうだが…」
    「あなた、黙っていられるわよね」
     この状況では、僕はただ無言でうなずく以外に選択肢はなかった。

     なんとか別荘への道順を聞きだすと、中学生の女の子が僕を玄関まで送ってくれると言う。断りにくい雰囲気だったので、その行為を受けることにした。
     女の子は、玄関を出てから僕にこっそりと言う。
    「さっきのこと、絶対話しちゃだめだべ」
    「わかってますよ」
    「この里の掟は厳しいだ。追っ手があんたを殺しにいくべ」
    「お、追っ手?」
    「この村を出た者は数知れずいるべ。そいつらはこの村の秘密を守るため、あえて都会に住み、事あらば追っ手として暗躍するべ」
    「な、なんだか、スパイドラマみたいな話だね」
    「そんな笑い話じゃなか。実際に、今年だって…」
    「わかった、わかった。要するに、僕が今見たことを秘密にしていればいいんだろ、ね」
    「わかってれば、いいべ」
     女の子は僕が車に乗り込むのを確認すると、再び家の中に姿を消した。
    「ねえ、何があったの?遅かったじゃない」
     車中では、半分眠りこけていた智子が目を覚ます。
    「三十分以上経ってたわよ。何やってたのよ」
     人間が蘇るのを見たんだ。そんな馬鹿なことはいえなかった。
     僕はなんでもないさと言い、再びアクセルに力を込めた。先ほどより、さらに強く。


    あれから一週間後、僕は一人であの村を訪れた。智子には話していない。
     他の村人に、村の中学校の場所を聞き、あの子が下校するのを待った。
    彼女と再会するにはそんなに時間はかからなかった。
    「あれ、あんときのお兄さん」
    「君を待っていたんだ」
    「なんで?」
    「とにかく、乗らないか…聞きたいことが、いっぱいあるんだ」
    「いいけど…時間、取るべか?」
    「そんなに取らないよ…そうそう、僕は順平。君は?」
    「明日香。真田明日香」
    「じゃあ、明日香ちゃん、ちょっと行こうよ…聞きたいことと、1つだけお願いがあるんだよ…」
    「お願いはともかく、嫁入り前の娘を襲うのだけはやめてな」
    「襲わないよ!」

     車の中、僕はあの日見た光景について単刀直入に明日香に聞いた。
    「あれは、このあたりでは”夏の盆恋歌”って言う、お盆に行うならわしだべ」
    「夏の…盆恋歌」
    「小さな石に思いを込めて、伝わる呪文を唱えるとその石が亡くなった人になって帰って来るんだべ。お盆の間だけだけどな」
    「ちなみに、あの人は」
    「私のお父さん。私が小さいとき、ダンプカー運転してて事故で亡くなっただ」
    「悪いこと、聞いちゃったね。ごめんよ」
    「だけど…順平さんは、こんなことを聞いて、いったい何を考えてるだ?私、よくわかんねえけど」
    「頼みがあるんだ…一つだけ」
     そう言いながら、小さくとも、美しく光る石を僕は明日香に手渡すのだった。

     三十分ほど行ったところにある、ダムの横にある公園。そこで僕たちは車を降りた。
     明日香は、不安そうな表情で僕に問いかけてくる。
    「な、本当におっかあやおばばには内緒だべな」
    「約束するよ」
    「本当は、私みたいな半人前がやっちゃいけない呪文だべ。何がどうなるかもわかんねえよ」
    「つまり、成功する保障は無いってことだね」
    「そう…私だってこの呪文、去年にようやく覚えたばかりだし、それにもうお盆じゃないし…成功するかどうか、さっぱりわかんね」
    「いいんだ。さっき言ったとおり、昔の彼女に会いたいだけなんだ…一日でもいい、一時間でもいいからさ」
    「わかった、やってみる…」
     先ほど手渡した石をアスファルトの上に置く明日香。その石に両手をかざし、なにやら呪文を唱えはじめる。

    …会えぬ思いを胸に秘め
    …この盆にあなたを思わん
    …思う心はやがて伝わり
    …いつしかあなたは舞い戻らん
    …夏の盆恋歌と共に
    …いつしかあなたは舞い戻らん
    …私の思いが伝わると共に

     次の瞬間、まばゆい光が石を包む。
    「あ!」
     明日香の叫び声が聞こえる。僕は明日香の方に向かって駆け寄る。
    「どうした、明日香ちゃん?」
    「…失敗だべ…」
    「失敗?」
    「見てごらんよ…蘇らせるのはできたけど、歳が…」
    「歳?」
     明日香が指さす方向には、石に替わってよぼよぼの老婆が座り込んでいた。
    「ごめんよ、順平さん。やっぱり、私の霊力が少し足りなかったみたいだ…」
    「いいよ、いいんだけど…あの人、誰だろう」
    明日香はしばし黙り込むと、それ以上何も語ることなく、頭を抱えてしまった。

    「あの老婆は他人でなかよ。きっと、あなたの愛してた今日子さんだっけ、その今日子さんが生きてたら、あれくらいの年まで生きてたってことじゃないかと私は思うんだ。だから、いつまで術が持つかわかんねえけど、あのおばあちゃんを大事にしてあげなよ。それがいいと思うべ」
     助手席に老婆を乗せ、僕は先ほど明日香に言われた言葉を幾度と無く噛みしめていた。
     老婆は、しばらく何も語らなかったが、ある光景を目にして、こうつぶやいた。
    「ああ、私の生まれ育った町だ…あの橋も、あの山も、あの海も、何も変わらないねぇ」
    「そうですか」
    「それに、あなたは昔私が愛していた人にそっくりだね。順平さんって言うんだが、とても優しくていい人だった」
     その言葉を聞いて、僕は老婆に語りかけた。
    「おばあちゃん、その順平さん、今でも好きですか?」
     老婆はこくりと頷き、しわくちゃまみれの顔をさらにしわくちゃにした。

     車を走らせ、家に向かう最中、老婆はいきなり車を止めるようにせがんだ。
    「どうしたの、もうすぐ僕の家なのに」
    「いいんだ。ここで私は降りるよ」
    「なんで?どうして?」
    「それが…人生だ」
    「人生…」
    「お兄さん、本当にありがとう。本当に短い間だったけど、楽しい話や想い出をいただいたよ。ありがとう…」
    「ま、待ってくださいよ!引き返しましょう!…僕だって、まだまだ、もっともっとあなたの話を聞いていたいんです…それに…」
    「それに…どうした?」
    「あなたの名前を、まだ聞いていません」

    老婆はしばし黙り込んだ。
    そして、淡々としゃべり始めた。
    その声は、若々しい人間の声だった…そう、まさしく今日子の声だった。
    声と同時に、その姿も老婆の姿から若者の姿へと変化してゆく。
    「順平君…」
    「今日子…」
    「あの中学生の子、なんて言ったかしら」
    「ああ、明日香ちゃんのこと?」
    「あの子の読みは正解だったわね。確かに、私だっておばあちゃんになってたから、何もしゃべりようが無くて」
    「そりゃそうだ」
    「順平君だって、おばあちゃん姿の人間に今日子ですって言われても、きっと信じてはくれないと思ってたし…」
    「信じては…くれない?」
    「実際はどう?私を今日子だと思ってくれて、こうやって思い出の町並みや夜景を見せてくれることができたし、なによりも元気そうなあなたに出会うことができてよかった…それだけで、もう十分なの」
    「僕はもっと、もっと今日子と…」
    車をUターンさせようとさせる僕の手を、今日子の手が止めた。
    その手は、人間の物とは思えぬ、冷たくて凍りついたような手だった。
    僕はUターンさせようとしていたハンドルを元に戻した。
    「今日子…」
    「もうわかったでしょ。私はいくら願われても、あの世の人間よ…だから、こうやって少しでもあなたと長くいたかった…いや、いられただけでも…幸せ」
    「も、もうちょっとだけ、あと少しだけでいいから…」
     今日子は首を横に振った。
    「今日のところは、もうお別れみたい…どうしようもないわ」
    「そ、そんな…」
     今日子は、冷たい唇で僕の唇をそっと撫でた。
    「冷たかったかな?」
    「いいや、暖かかったよ」
    「…ありがとう」
    「また、来てくれるかな?」
    「あなたが望むなら…順平君が心の中で、私のことを読んで叫んで、泣いてくれるなら…いつだって、あなたの夢の中に出て行くわ」
    「今日子…」
    「いつだって会いたいのは、私だって同じだよ。だから、そうして欲しい」
    「わかった。わかったよ」
     会話をするたびに、今日子の体がだんだんと薄れていくのが見える。
     霊力が云々というやつだろうか。車窓に見えるガードレールが今日子の体を透けて見えるようになってゆく。
    「最後になっちゃいそうだから…順平」
    「さよならは言わないよ」
    「わたしだって、絶対に言わないから」
    「じゃあ、また…」
    「ちょっと待って!」
    「今日子、どうした?」
     今日子は少し黙り込んだ。車窓に見える小さなお地蔵さんに目配せしながら、悲しくつぶやいた。
    「あの事故のこと…それだけはもう忘れてもいいからね…」
    「今日子!」
    そう言うと、今日子は小さな石へと戻っていった。あっという間だった。
     今日子が居なくなった助手席から見える車窓には、小さなお地蔵様がたたずんでいた。僕ははっとした。
     ここは、四年前に今日子が事故死した、あの場所だったのだ。
     この道を通ったことを悔やんでも、悔やみきれなかった僕は、カーステレオの音量を最大にすると、涙を流しながら家路についた。
    「あの時はごめんよ、今日子!」
     今日子が消える直前に叫んだあの言葉。
     彼女に本当に届いているのだろうか。そればかりが心配だった。

     老婆、いや今日子と再会してから一週間後。僕は再び明日香ちゃんを訪ねてあの村にいた。
     中学校から下校する明日香ちゃんは、また僕を見つけると、車に駆け寄ってくる。
    「お兄ちゃん、どうだったね、あれから」
    「ああ、とてもいい思い出ができたよ。その報告に来たんだ…あと…」
    「何、まただれか蘇らせたい人でもいるのか?私だったら、また失敗するかもしれないべ」
     小さいけれど、石英の輝く石を明日香ちゃんに手渡しながら、僕はこう言った。

    「あのころの、純粋で今日子を愛していた自分に逢いたいんだ」
     目から再び涙が伝う。あの日の夜、老婆が消え去ったときと同じ涙の味がした。

    「あなた、その右手につけている機械が何か、もちろんわかるわよね」
    「・・・うそ発見器だろ。まったく、疑り深い」
    「あなたが浮気してるって話を聞いたから、借りてきたのよ。本当のことを言ってもらいますから」
    「・・・どうぞお好きに」
    「じゃあ1つだけ聞くわ。『あなたは浮気をしていますね』」
    「No!」
    「・・・針が振れてるわよ。やっぱり浮気してるんじゃないの!」
    「こ、こんな機械で真実なんか、わかるわけないだろう!」
    「ああ! 針の振れ具合がどんどんあがっていくわ! なんてことでしょう!」
    「だから、こんな機械で・・・」
    「わかるわよ! ああやっぱり、あなたは軽薄な人間だったのね・・・」
    「そ、そういうお前も、俺のいない間に、あの男と寝たんだろう! 俺は知ってるんだ!」
    「何を苦し紛れに言ってるのかしら。気でもふれたの?」
    「・・・そうか。じゃあ俺の話の前に、お前の額から流れだした脂汗の原因を説明してもらおうか」

    「それにしても、よくわかりましたね」
     署長は感嘆しながら、男に茶を勧める。
     そして、ありきたりの美辞麗句を連ねて、男の功績をたたえる。
     褒められて機嫌の良くなった男は、気分よく話し始める。
    「なんか、怪しいなって思ったんですよ。いやあ、だってねぇ・・・午前2時ぐらいだったかな、そんな時間帯に、どうしてマンションのベランダに人がいるんだろうって」
    「なるほど、それは確かに怪しいですね」
    「でしょう?! そこでまあ、私は早速携帯電話を取り出して警察に連絡をしたわけです。通報が少しでも遅かったら、女性の命は危なかったかもしれませんね。なにしろ、そちらが駆けつけてこられた時、まさに犯人が部屋に侵入しようとしていた瞬間でしたからね」
    「おっしゃるとおりです。実にぎりぎりのタイミングでした」
    「まあ、犯人が逃げたとしても、このカメラで奴の顔はしっかりと収めてましたよ。どちらにせよ、私に見つかったのが奴の運の尽きですね」
    「なるほど・・・」
     
     署長は少々表情を曇らせて、上機嫌の男に質問する。
    「しかし、あなたはなぜあの時間に、その暗視カメラを持って隣のビルにいたんですか?!」

     どうも。
     金八先生に憧れたけど、理想と現実は違うなって、ようやく気付いた、ただの教師です。

     いじめ問題では、お役に立てず申し訳ない。
     やっぱり、自分の身がかわいいんで、その辺りご理解ください。

     最近は『のむ・うつ・かう』にはまってます。

     胃カメラを、のむ。
     鬱病の、うつ。
     しゃれにならないです。

     え?
     『かう』ですか?
     今も既にかってますよ!

     私を含めて、大半の教師はかってますよ、反感を!

     タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、牛肉。
     それぞれ4人分ですよ。忘れないでくださいね。
     今朝、妻から渡されたメモが、背広の胸ポケットにあるのをみつけて、私は思い出した。
     今夜はカレーか。これだけ買ってくるんだ、今晩の献立が何かを考えるだけ、野暮な話だ。
    「部長、お話聞いていただいてますか?」
     課長の声に、我に返る。
    「例の条件提示、部長から忘れずにお願いしますよ。立場上、あの会社と対等に物言えるのは、部長だけなんですから」
     これで3回目のプレゼンだ。課長に軽く頷いてみせる。

     数時間後、私と課長、それに新入りの中野。
     3人はネオンがともり始めた、初冬の歓楽街を歩いていた。
    「例の条件提示、忘れずに覚えていていただいて、恐縮です」
    「それに部長、逆提案なんてビックリしましたよ…いやあ、何だか胸がすっきりしました」
     日頃の悪態を語りつつ、中野は何度も笑みを浮かべ、私を尊敬のまなざしで眺めた。
    「どうです部長、契約締結祝いに…今日は僭越ながら、課長の私がおごらせていただきますので」
     右手で軽く酌をする恰好をしながら、課長は私に微笑みかける。

     すまないね。今日は妻と約束があるんだ。
     日を改めよう。今日は、直帰させてもらうよ。
     私は申し訳なさげに、2人に頭を垂れた。
    「そうですね、この契約のために、今まで休日返上でしたものね…」
    「部長がそう言われるのなら、また改めましょう。それでは…」
     2人だけで酒宴を開くつもりなのか、課長は中野の肩を叩きながら、ネオンの輝く町並みに消えていった。
     それを見送った私は、慌てて地下鉄への通路を駆け下りる。

     午後8時か。
     駅前のスーパーの明かりが、煌々としている。
    「いらっしゃいませぇ」
     高校生らしい、バイトの女が私と視線をあわそうとせず、気配のみ感じて、やる気のない挨拶をする。
     タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、牛肉。
     それらをメモの通り、きっちりとかごに入れ、そそくさと精算する。
    「ありがとうございましたぁ」
     やる気のない挨拶を背に受け、私は家路を急いだ。

    「お帰りなさい、あなた」
     あら、今日はきっちりと…忘れずに買い物が、出来たんですのね。
     私が手渡したスーパーの袋の中身を確かめながら、妻が半ば驚いたような顔をする。
    「…5人前、ありますわよ」
     そうか。いつもの癖だったな。すまない。
     私はそっけなく妻に謝る。
    「忘れてもいいことだって、あるんですよ。」
     仕事のこと、取引のこと、出世のこと…息子のことも。
     妻はエプロンの裾で、流れ出る涙をぬぐった。

     忘れるのが無理というものだ。
     息子が交通事故でなくなり、まだ2ヶ月なのだから。
     忘れないでいた方が、息子も本望だろう。
     いつものように泣き崩れる妻の背中をさすりながら、私は彼女を落ち着かせた。

     いつものように、私がカレーを作ろう。
     さあ、タマネギをむいて…新タマネギは、目に染みるな。
     私は独り言を言った。
     息子のことを思う涙を隠すかのように、今日もタマネギは、目に染みた。

     茶封筒の中にある診断書。
     妻や子どもたちには内緒で、私はその内容について説明を聞き、そして家路についている。
    「あなたはガンです。半年持てばよい方でしょう」
     実業家として好きなだけ仕事をし、社長という地位にもなり・・・自分の思うがままに人生を送らせてもらい・・・そのために妻や子どもたちをそっちのけにしてばかりだった・・・自分冥利には尽きるが、夫や父親としては最低だったな・・・そんなことを、大都会のスクランブル交差点に立ちつくしたまま、呆然と考えていた。
     私は思い立って携帯電話を取りだした。
     妻に、息子に、娘に、慣れない手つきでメールを送った。
    ”今晩食事に行こう。いつものフランス料理店に午後7時”と。

     午後7時。
     いつものように店内の一番奥のテーブルで、私は家族が来るのを待っていた。
     妻が5分前に来て、早速病院の結果を聞き始めたが、私はそれを軽くいなしておいた。
     時間ぎりぎりで娘が飛び込んできて・・・それから5分遅れて疲れ切っている息子がやってきて”何事だよ?忙しいのに”と言わんばかりの目線で私を睨んだ。
     私は前菜と食前酒を人数分頼むと、一瞬生まれた場の沈黙に乗じるように、今朝ほどもらってきた診断書をみんなに見えるようにテーブルの上に広げた。

    「余命・・・半年?」
    「パパ?」
    「親父が・・・死ぬ?」

     家族は凍り付いた。
     妻は食前酒をテーブルにこぼし。
     娘は涙を手のひらにこぼし。
     息子は”これからどうしよう”と愚痴をこぼした。

     私は叱られた子どものように、小さくつぶやいた。
    「私は好き勝手な人生を歩んでいた。お前たちにさんざん迷惑をかけてきた・・・会社が一度倒産したとき、私が浮気をして母さんと別れる寸前になったとき、取引先にだまされて一家心中しようとしたとき・・・どんな時も、お前たちは本当に私に尽くしてくれた。だから父さんは今日約束する。短い人生にはなったが、今まで夫として、父親としてできなかったことをしてから、あの世に逝こうと思うんだ」

     妻は先ほどの私と同じような声量でつぶやいた。
    「本当に・・・余命半年なんですの?」
     妻の問いかけに、私は小さく頷いた。

     妻はハンドバッグから、一枚の便箋を取り出した。
     娘は、携帯電話をいじって、”見て欲しいメールがある”と言った。
     息子は愛用の手帳を数枚ほどめくり、”あったあった”と笑みを浮かべた。
     
    「あなた、昔約束しましたわね。自分が死ぬときはほおっておいてくれって。ここの便箋に書いてくださいましたわよ」
    「パパ、もしパパが死ぬようなときは、お前の花嫁姿を見せてくれって、このメールに書いてあるよね。実はさ・・・来週の日曜日、いや、早速会って欲しい人がいるんだけど・・・パパが死ぬ前に」
    「親父昔言ってたよな、”どんな紙切れに書かれていても、それが本人の直筆であれば法的に有効だ”って。ここの手帳のこのページ見てくれよ、俺に万が一のことがあったら、会社はお前に任せるって書いてあるよな! やった・・・これでしがないサラリーマン人生ともおさらばして、青年実業家だぜ!」

     彼の名は、波野イクラ。
     近隣の軍事大国の圧力に対抗し、この日本を未曾有の危機から救うべく選ばれた、新世紀の大統領。
     そして今日も、大統領イクラは戦うのだ。
     自身の名誉のため、そして日本国民のために!

    「ミサイルの発射が確認されました」
    「バーブー」
    「大臣、制裁措置を具体的に検討せよ、とのことです」
    「・・・」
    「そして、早く原稿をまとめ、声明文として発表できるようにしろとも言われています。」
    「では、今新潟港にいるあの国の貨客船はどうしましょう」
    「ハーイー」
    「人道的配慮で、旅客だけ下ろしてやれとのことです」
    「・・・」
    「ブー」
    「それ以降、あの船の入港を半年間禁止しろとも言われています」
    「わかりました、大統領。仰せの通りにいたします」
    「だそうです。大臣にお任せして、よろしいですね」
    「ハーイー」

     大統領イクラ。
     彼の職務を忠実にこなし、そしてその命令を簡潔に伝えられるのは、内閣官房長官、フグ田タラオしかいない。

    「おすすめのサプリメントがあるんです」
     ただし、少々値が、張りますよ。
     薬局の店主は片手で5を表現すると、店の奥に消えていった。
     数分後、1パック1包装となっているサプリメントを持ち帰ってくる店主。それを、なんの惜しげもなく破り始める。
    「お客さん、まだ買う気になっておられないって言うんでしょ。ご心配なく、きっと買いたくなります」
     だって、この私が、こんなに痩せたんですからね。
     店主に言われるがまま、その指の指し示す方向を見ると、まるで国技館の横綱の全体画のよう男が、ボタンのはち切れそうな白衣を身にまとっている。
    「半年前の私ですよ。あれから・・・そうですねぇ、25kg、いや、30はいってるかもしれませんねぇ」
     改めて、カウンター越しの店主と、国技館の全体画を、見比べてみる。
    「効果がなかったら返品も返金も受け付けますよ。10日間、いや、2週間試してみてください。そのスラックス、2サイズはダウンできますよ」
     ただし、副作用があるんで、使用上の注意をよく守ってくださいね。店主は童のごとく微笑んだ。
     
     私は小脇に少々大きめの箱を抱え、帰宅した。
     出迎えに出て来た妻に訳を話すと、”また?”と言う表情を浮かべ、失笑して台所に消えていった。
     まあいい、今度こそは、なんとかしてやるさ。箱の中から、注意書きの書かれた紙を取りだし、私は読みふけった。

    「お客さん、返金されるつもりじゃ、なさそうですね」
     2週間後、再び薬局を訪れた私は、自身が15kg減量できたこと、友人のためにあのサプリを買い求めに来たことを伝えた。
     店主は再び、あの時のように店の奥に姿を消すと、サプリメントの箱を3つ、1人で重そうに抱え、再び現れる。
    「お友達の分ですか。ああ、くれぐれも副作用、ちゃんと理解してもらってくださいよ。そう言うサプリなんですから」
     ああ、わかっているさ。私は渇いた喉を鳴らして笑った。

     服用して1時間以内に、10km以上のジョギングと、各30回の腹筋、背筋、腕立て伏せ。
     これさえやっておけば、副作用は出ないんだろう。ちゃんと説明しておくよ。
     私は再び渇いた喉を鳴らして、先ほどより大きな声で笑った。

     僕の財布の中には3,000円があった。
     骨董市の雑踏の中、僕は人ごみの中でモーゼの杖のごとく立ち尽くし、天命が来るのを待っていた。
     天命というか、誰か僕に決断を促してくれる何かを求めていたのだ。
    「お兄さん、いい加減にしてくれないかな。商売の邪魔になるってもんだ」
    「はぁ…」
    「あのね、こういう時はスパッと決めちまうのが江戸っ子ってもんだぜ、なぁ」
     そんなこと言われても、僕愛媛出身だし…なんてね。
    「どうするよ、これ、買う?買わない?」
     財布の中身は、さっきも見たとおり3,000円。
     10分ほど経ったからといって、増えるような話でもないのは当然のこと。
    「お兄さんってば、どうするんだって」
    「…」
    「もう、煮え切らないやつだなぁ」
    「…買いますよ」
    「お、買うか、買うのか?」
     そう言い切ってしまった僕。
     財布の中には一銭もなくなってしまった僕。
     手の中には、小さな白磁製の女神像が握り締められていた。

     彼女へのクリスマスプレゼント。
     宝石やブランド物、そんなものは決して買えなかった。
     せめて、こんなものでよければ…そう思っていた。
    「こんなものとは何よ」
     ???
    「だから、さっきあなたが思ったことよ。こんなものとは何よ」
     どこから、何が聞こえているんだ?
    「ここを見なさい!ここを!」
     僕の胸の中に握り締められているもの…女神像だった。
     女神像が、僕に語りかけている。
     正確に言えば、僕の心の中に話しかけてきていると言うのが本当のところだ。
    「ようやくわかったかしら?」
    「わかったんだけど、君はいったい何?」
    「見てのとおり、女神像だけど」
    「いや、それはすぐにわかるんだけど、何で君は話すことができるのさ」
    「そんなことはどうでもいいのよ」
    「え?」
    「とにかく、私を日当たりのいい窓辺に置いてちょうだい。あ、その前によく湯で私を掃除してちょうだいね。さっきの骨董屋の親父、私をすごく乱暴に扱って…いやになってたところだからさ」

     アパートに帰ると、言われるがままに女神像を掃除する。
     女神像は何も語らず、僕の掃除に身を任せている。
     ようやく掃除が終わり、僕が女神像の言うがままに彼女を西日の当たる窓辺に置いた。
    「なんだ、西日か。西日っていやなのよねぇ…なんだか物悲しくて」
    「仕方ないでしょ、僕の部屋、西日しか当たらないんですから」
    「カビ生えちゃうわよ」
    「文句があるなら、裏手の高級マンションに言ってください。25階建てにはかないませんからね」
    「わかったわよ、じゃあ、文句言っておくわ」
    「はぁ…」
     以降、女神像は僕の行動を監視し続けた。
     3日連続のカレーライスを見事に見破り、「栄養に悪いわね」と一蹴される。
     1週間変えていない水で沸かした風呂に入った僕に「カビが生える」と説教。
     寝床に入ろうと1ヶ月も干していない布団に入った僕に「そんな布団じゃあ彼女も一緒に寝てくれないわよ」ととどめ。
     いったい、何なんだ、この女神像は…
     そんな女神像が引き起こす出来事に、僕が気づくのはそれから2時間後のことだった。

    「火事だー!」
     日付が今日から明日へと変わろうとするころ、隣の部屋の町田さんの声が聞こえた。
     町田さんは僕の部屋に押し込み強盗のように入ってきて、寝ぼけ眼の僕を揺り起こした。
    「おい、三条くん、火事だぞ、火事!」
    「ん…か、火事!ここがですか?」
    「いいや、裏だ」
    「裏…」
    「とにかく、男手が足らんのだ。君も手伝いたまえ」
    「は、はぁ…」
     僕は薄汚い格好のまま、アパートを飛び出し、町田さんに言われるがまま、裏手に回る。
     そこでは、あの高級マンションが朦々と煙を上げ、全体が炎に包まれていた。
     あの…高級マンション。
     まさか…アイツ。
    「おい、三条くん、どこへ行くんだね!」
    「ちょっと、着替えてきます!」
     それは嘘だけど。
     
     僕が部屋に戻ると、女神像は案の定話しかけてきた。
    「日当たり、よくなるでしょ、これで」
    「ば、馬鹿野郎」
    「馬鹿とはなによ。あたしが居心地がいいようにしただけじゃない」
    「お前、それでも女神かよ」
    「当然よ。私は、私を愛し私が気に入った人だけのために生きる、純粋で美しい心を持った女神よ」
    「…自分で言ってて、悲しくないか」
    「そういうあんたは、なんで私がしたことを怒るのよ。あんたにとってもいい話じゃない。日当たりがよくなるんだしさ」
    「全然良くないって!全然!」
    「そういうのを、偽善者って言うのよ。自分を善人に仕立てて、本当は腹黒い人間なくせに」
    「言ってもわからないなら、こうするまでだ」
     僕は女神像を持ち上げ、両腕で天井近くまで掲げた。
    「ま、まさか…」
    「そう、そのまさかだ」
    「あたしを壊すっての?何よ、あんたにとっていい話だっていっぱいあるかもしれないのよ」
    「何のことだ」
    「彼女だって、もっとあなたに接近させてあげられるし、結婚してからもずっと、いや人生が終わるまであなたのことを良いようにしてあげるって言ったら、悪い話じゃないでしょ」
    「…」
    「それに、私の力があればお金だって地位だって、何だって手に入るのよ」
    「…」
    「3,000円であんたは今後の幸せを手に入れたのよ、それの何が不満なのよ」
    「…」
    「だからさ、早くその手を下ろしなさい、私を、元のところに戻してちょうだい」
    「…」

     僕は女神像を下ろした。
     そして、元の場所に置くと、女神に頼んだ。
    「とりあえず、裏の火災を何とかしてくれ。お前のわがままで、どれくらいの人間が苦しんでいると思うんだ」
    「あなたが言うなら、仕方がないわね。わかったわ。何とかしてあげるわよ」
     それから20分ほどしてから、町田さんが僕の部屋に駆け込んできた。
    「不思議なこともあるものだ…」
    「火事、消えたんですよ…ね?」
    「ああ。それも、何事もなかったように、急に消えてしまったんだ。もちろん、けが人も死人も出なかったよ」
    「良かったですね」
    「ああ、それにしても騒がしかった…ま、お互いゆっくり寝ようや。と言っても、あと5時間ほどしたら起きねばならんがね」
     町田さんは、半分苦笑いしながら、僕の部屋を出て行った。
    「どう、確かに消えたでしょ」
    「ああ、ありがとう」
    「私の力、これでわかったでしょ」
    「もう、十分にわかった」
    「それにしても、あんたもようやくわかったようね…私の力と言うものが」
     女神像は僕に誇らしげに語る。
     部屋の照明に照らされ、白磁の女神像は、一瞬きらめいたように思えた。
    「ねえ、明日は何をかなえてあげようかしらね…あんたの思うように、何でもかなえてあげるわよ…そうねぇ…」

     女神像の言葉をさえぎるように、僕は言葉を発した。
    「そうだ、君に感謝しなくちゃいけないんだ」
    「あぁら、感謝?さっきとは違って、急に敬愛してくれるのねぇ」
    「いや、そういうわけではないんだが」
    「何よ、じゃあ何に感謝してくれるのよ」
    「それはさ…」
     僕の右手は女神像を再び握り締めた。
     そして、迷うことなく窓を開け、下町の薄汚れたアスファルトに向かってそれを投げつけた。
    「な、なにぉぉぉぉぉぉぉ!」
     女神像の断末魔が、僕の心の中にいつまでもこだましていた。

     そう言えば、女神像に感謝することを伝え損ねてしまった。
     俗物根性しかなかった自分に反面教師として本当の人間たる生き方を教えてくれた女神像。
     人間として生きていくために、何か「忘れ物」をしていた自分に気づかせてくれた女神像に感謝しなくては。
     僕はその思いを胸に秘め、そっと眠りについた。
     いつになく、寝心地の良い夜であったのは、言うまでもない。

     私たちは善良な一市民だ
     自分たちの平和のためなら どんな努力もしてみせる

     ブラジルの農園で作られたコーヒーを
     搾取するように買い付ける
     生産者の流した汗は 我々の朝食だけを豪華にする

     東南アジアで作られた青いバナナを
     搾取するように買い付ける
     生産者が切り開いた熱帯林は 我々の吸う酸素をいつしか減らしていく

     自衛隊があるから平和は来ないのだと
     狂ったかのように唱え続ける
     そんな彼らの一部は 東北の片隅で 彼らの救援を待っている

     善良な市民が言うことは絶対なのだと
     彼らは自分を正当化する
     そんな彼らのことを 善良と思うものなど 誰もいないのです

     善良なことなど 今の私たちにはわからぬのです
     私たちがしてきたこと 私たちがやろうとしていること
     数百年後の教科書に それが載って
     数百年後の子孫に 侮蔑されるか尊敬されるか
     それだけのことなのです

     その勇気があるのなら
     権利を十分主張しなさい
     
     そしてその前に
     目の前の義務を 汗を流して果たしなさい

    「平次、いや、銭形くん」
    「何でしょうか、親分」
    「その言い方はやめたまえ」
    「もうしわけございやせん」
    「まあいい。今日は・・・上司として、君に指示をしたい」
    「はぁ・・・なんでやんしょ」
    「だから、前から言っているように、なんだ、その・・・小銭を投げて犯人を捕まえようとするな、と言いたいんだよ」
    「ですが、あっしには、あれが命でやんす」
    「ならば、投げるのは、まあ目をつぶるとして・・・その、投げる小銭のおかげで必要経費がかさんでるのはわかってるのかね。署の予算だって限りがあるんだがね」
    「ですが親分、銭はあっしの武器でやんす。その武器をお上で面倒見ていただけねぇのはどうかと思うんでやんす」
    「だがね、1ヶ月に20,000円近くも投げてだな、それを紛失されてだ・・・それらすべてを必要経費にされてもね」
    「そうであれば・・・あっしも少し考えないといけませんね」
    「ようやくその気になってくれたか。それでは、よろしく頼むよ」
    「わかったでやんす」

    「平次、いや、銭形くん」
    「親分、今度は何ですか」
    「いや、たいしたことは無いんだが」
    「あれから2週間。ちゃんと言いつけを守っておりやすが」
    「違うんだ。となりの銀行から連絡があった」
    「なにがでやんすか」
    「1万円を1円1万枚に両替するのはやめて欲しいそうだ」

    Script:Ninja Blog  Design by:タイムカプセル
    忍者ブログ [PR]
    ▼ カウンター
    ▼ フリーエリア4
    カスタム検索
    ▼ フリーエリア
    「ブログ王」ランキングはこちらをクリック!

    ブログランキング・にほんブログ村へ

    にほんブログ村 小説ブログへ

    にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ





    ▼ お天気情報
    ▼ カレンダー
    01 2026/02 03
    S M T W T F S
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    ▼ プロフィール
    HN:
    たそがれイリー
    年齢:
    50
    性別:
    男性
    誕生日:
    1975/07/16
    ▼ 最新TB
    ▼ 最新CM
    [04/29 hikaku]
    [03/13 ごま]
    [10/16 melodies]
    [09/18 sirube]
    [09/16 よう子]
    ▼ 忍者アド
    ▼ バーコード
    ▼ ブログ内検索
    ▼ アクセス解析